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憎んでいる元夫と子供が重なるときの気持ちの対処法【後悔した子育て体験談あり】

●お悩み
憎んでいる元夫と子供が重なってしまう。

このままだとどうなるんだろう…。

どう考えればいいのかわからない。

このような悩みや思いにお応えする記事です。

本記事でわかることは下記の通り。

☑ 元夫と子供が重なるときの気持ちの対処法
☑ 元夫と子供が重なるときに考えるべきこと
☑ 元夫と子供を重ねて後悔した子育て体験談


シングルマザーになり子育てを頑張る中、子供がすくすくと成長することは、本来ならとても嬉しく生きがいになるはずですが、自分が元夫を憎んでいたり、忘れてしまいたい気持ちがある場合、その気持ちが子育てに大きく影響してしまうことがあります。

それは狭い視野の暮らしの中で、子供に元夫の影を重ねてしまい、知らずしらずのうちに健全な子育てではなくなってしまう場合です。

心穏やかでない子育ては、子供を傷つけ、ときには取り返しのつかないことになりかねません。

まさに、私がそうでした…私は元夫の浮気と借金問題で、別れてからずっと元夫を許せない気持ちを抱えた毎日を過ごしていました。

そんな中、子供が間違ったことをすると、元夫の悪い部分と勝手に重ねてしまい、「直さなくては!」と言う正義感と言うか…強迫観念みたいなものが湧いてきて、カタキのように「人を傷つける人間になってはダメだ!」と論破し問い正していました。

今思えば、未来の成長後のことばかりを気にした叱り方は、身勝手でおかしな叱り方でしかありません。

親がそんな調子では、子供に思いは伝わるわけもなく、子供は同じことを繰り返していました。

しかし、そんな中、子育てを改めるきっかけになる出来事があり、どこからか湧いてくる「正義感や強迫観念」を消し去ることができたんです。

本記事では、その出来事を通し間違った子育てから脱却した体験談と、その実体験を元に学んだ『憎んでいる元夫と子供が重なるときの気持ちの対処法』について解説していきたいと思います。

重い内容ではありますが、温かいコーヒーなどを飲みながら、リラックスして読み進めていただき、今あなたが同じように悩んでいるのであれば、本記事を読むことで、『愁いのない子育て』に向かうきっかけになれれば幸いです。

憎んでいる元夫と子供が重なるときの気持ちの対処法

気持ちの対処法

元夫と子供が重なるときがあるとすれば、おそらく『顔つきや、性格』だと思うので、その2つの対処法について解説します。

冷静になり考えれば子供を傷つけることなく、成長を見守ることができます。

では、ひとつずつ解説していきます。

顔が似てくることへの気持ちの対処法

気持ちの対処法

子供の顔が元夫に似てきて重ね合わせてしてしまう場合、それは自分の心の問題になりますので考え方を変えるしかありません。

憎しみを抱えていると、全てのことが「憎しみ基準」で考えがちになります。残った憎しみは簡単には消えません。

だからこそ、『意識的』に子育てとは切り離して考えることが必要になってきます。

そもそも子供が父親の顔に似るのは当たり前のことであり、子供には何の罪もないのです。

「今更、憎い元夫に似ていることに辛さを感じても、どうにもならない。」と言うことを冷静になり受け止めるのみです。

顔が似ていなければ、それこそ「誰の子だ!」って話になり、別問題が発生しかねませんから、「似ていることが正解!ハハハハハッ!」と笑い飛ばしてみてください。

そして、当たり前ですが、必ず『自分に似ている部分』もあります。そこを見失わずクローズアップさせまくってください。

そして愛して抱きしめてください。

一度は愛し合った人との子供です。良かったときもあったはず…そのことも忘れないでください。

憎しみが訪れてしまったことは残念なことです…しかし子育てとは全然関係のないことですから、意識的に切り離して考えるようにしてください。

性格が似てくることへの気持ちの対処法

親子

性格が似てくることに関しては、元夫が『暴力を振るったり、嘘をついたりする人間』であれば、子供にそんな部分が見え隠れすると、本当に「どうにかしなきゃ!」と思ってしまいますし、直らないと焦りまで出てきます。

そんな時は、「子供は元夫でもなければ自分でもなく、全く違う一人の人間だ。」としっかり認識することが大切です。

もちろん性格は、遺伝が大きく関わっています。これも顔と一緒で遺伝子のなせるわざなので、「当たり前のことだ」と冷静に受け入れてしまえば心の整理がつきます。

そして下記のように考えてみて下さい。

  • 子供は嘘をついたりごまかしたりする生き物。
  • 何もかも素直に“はいはい”と聞き分けが良い子なんていない!
  • 子供はそんなものなんだ!
  • この子の個性なんだ。


子育ての中で、『元夫を憎むに至ったことを彷彿とさせる出来事』に出会ったとき、ついつい元夫を重ね『冷静さ』を見失いがちになります。

その『彷彿とさせる出来事』と言うのが、上記のような『子供の健全な成長過程』に重ね合わせてしまうため巻き起こりがちになると感じます。

子供と言うのは、善悪の基準がしっかりと確立されてはいないため、失敗や間違いを繰り返しながら成長していきます。

そんなとき「親の愛と温もり」で包み込むことで、子供も「優しさと思いやり」を知ることになります。

その成長過程に『憎い元夫』を重ねることは、無意味でしかありません。

ですので、「子供は元夫とは違う、自分が産んだ唯一無二の存在」と冷静に受け止めることで、子供への愛を見失わない純粋な子育てに変えていってください。

元夫と子供が重なるときに考えるべきこと

夫婦

人は幸せな家庭を築くことを夢見て結婚しますよね。しかし、いつしかお互い隙間風を吹かせ、気持ちが冷え切り別れを迎えることに…。

そこで、一番悲しい思いをするのは、間に産まれてきた子供です。

別れを経験した親たちは自分の感情処理に必死で、悲しい思いをしている子供は置いてけぼりになりがちです。

子供は感情処理の仕方も苦手な上に、父親のことを重ねられたらたまったもんじゃありませんよね。

基本的に子供のことを第一に考えて生活していれば、別れが訪れるようなことはないわけで、親の都合で別れるのですから、その後は100%子供の心に寄り添わなければなりません。

しかし、シングルマザーはなかなか大変で、その生活は心の余裕も奪い取っていきますし、憎い元夫と子供が重なるうんぬんは、なかなか人には共感も得難く相談もしにくいですし、狭い視野の中で考え方もわからず、どんどん辛さだけが心を覆いがちです。

子供

親が穏やでなければ子供に伝わります。まともな子育てはできなくなります。

しかし、そんなこと望んでいませんよね…。

子供にとって親は「大人の見本」であり、「愛を教えてくれる大切な存在」でもあります。

その大人たちがもめて別れたのですから、心には大きく深い傷ができていることは想像がつきます。

そこに届けたい物はなんなのか?届けるべきものはなんなのか?その答えは「憎い元夫を重ねること」ではないですよね。

届けるべきは『愛情』一択です。

子供はその愛を知ることで心を埋めることもできますし、また子供も他者への愛へと繋いでいくことを知ります。そして後に大きく成長したときには、母の偉大な愛に心から気が付く日が来るのです。

元夫と子供が重なるときには、ぜひ冷静にそう考えて自分の心の中にある『母親としての愛』を前面に戻してください。

それでは、次章では私の体験談をお話していきます。

元夫と子供を重ねて後悔した子育て体験談

シングルマザー

別れた理由がどんな理由であれ、子育てに「元夫の姿を重ねてしまう」と言う「不純物」が混ざり合わさることは悲劇でしかありません。

その不純物を取り除くためには、元夫をどんなに憎んでいようが、子供への純粋な愛や冷静な判断力を見失いさえしなければ、子供の悲しみを包み込み抱きしめることができるはずです。

しかし私は「不純物」の回避法がまったくわからず、自分が傷ついた経験から「元夫みたいな人間にだけは育ててはいけない!」と言う正義感と強迫観念にとらわれた、普通ではない精神状態で子育てをしていました。

そんな子育てがどうなっていったのかを、下記3つの章にわけてお話します。

  • 元夫と子供を重ねたことで現れた知らない自分
  • 子育てを改めるきっかけとなる出来事
  • 子供が大人になりようやく通じ合えた気持ち


では、どんな部分に後悔の落とし穴があったのか…。

元夫と子供を重ねたことで現れた知らない自分

知らない自分

私が離婚したのは、子供が小学校に上がる寸前で、初めは生活を立て直すことに必死で、子供に元夫の姿が重なることはありませんでした。

しかし生活が落ち着き、子供が小学3年生になった辺りから、元夫に似ていることに目が留まるようになりました。それは、「やりたいことのために嘘を繰り広げる」「言ったことが守れない」と言うようなことでした。

それを強く感じたのは、「自分の幼い頃との比較や性格」もありました。

と言うのは、私は小さな頃から几帳面で曲がったことが嫌いで、マジメな上にいつも遠慮しているような子供で、それを自分でもよくわかっていて、ときに自分が窮屈にも感じていました。

幼ながらに「父母を困らせてはいけない」と思う気持ちが常にあったり、「欲しいものを欲しい」と言えなかったり、「駄々をこねることが恥ずかしい」と感じたりもしていました。

私がそんな風になったのは、両親が自営業で常に側で働いている姿を見てきたことと、自分もその仕事を時々手伝っていたことで、幼ながらに大変さが伝わっていたため、両親を困らせることは「してはいけないこと」と自然に感じるようになっていたからだと感じています。

ですので、その頃の自分と我が子を比較して、「自分の子だからできるはず!理解できるはず!」とやっきになることに。

そして成長していく我が子が、元夫とそっくりな行動をしたとき、元夫を思い出し「あんな卑劣な大人にしてはいけない!」という正義感と強迫観念のようなものが私の中に芽生え、カタキのように正すことに必死になっていました。

かつて元夫の両親から、元夫を育てていたときに、「ぶつかり合い大変だった。」と言う話を何度も聞いていたので、「このままでは大人になり、人を傷つける人間になってしまう!」と、そればかりが頭にありました。

しかし、子供からすれば「知ったこっちゃない!」話です。望んで生まれたわけでもなければ、望んで片親になったわけでもないのですから…。

そして、子供が中学生になると、こんな言葉を連呼しながら、子供の性根を叩き直すことに必死に全力でぶつかっていました。

「お母さんは幼い頃はそんなことはしなかった!お母さんの子だから出来るはず!あなたのやってることはお父さんと同じだよ!そのままでは、いつか人を傷つけることになるよ!そんな大人になってはダメだ!」

今思えば「お母さんの子だからできるはず!」などと、自分を過剰評価している自分に対しても「何者⁉何様⁉」と突っ込みどころ満載ですし、今思えば、子供は間違ったことをしながら成長していくのが当たり前とわかるのですが、当時は本当に必死でした。

なので、不純物の混ざった私の言葉は、子供に全く響くことはなく、更に行動は悪化し同じことを繰り返していました。

それでも私は、元夫と子供がピッタリ重なることを食い止めようと「自分の子だから絶対に自分と同じようにできるはず!話せばわかってくれるはず!」そう思い、必死に言い聞かせ続けました。

しかし、なかなか思いは通じず反抗的な態度が増せば、手を上げてしまうこともありました。

子育てを通し、自分でも知らない『鬼のような自分』がどんどん現れてきて、そんな自分に落ち込み子育てに悩み苦しみました。

子育て相談所に何度電話しようと思ったかわかりません。

しかし、相談をすることへの抵抗が勝り、相談はしませんでした。今思えば、迷わずに相談していれば、もっと早く解決できたかもと思います。

子育てを改めるきっかけとなる出来事

ハッとさせられる出来事

そんなある日、子供を叱っていたときにハッとさせられる出来事がありました。

今までは叱っても黙って聞いていた子供にこう言われました。

「私はお母さんとは違う!!お母さんのようにはなれない!先のこともわからない!お父さんのこともわからない!」と。

そして、すごい力で突き飛ばされ、その強い言葉と強い力で私は心をブチ抜かれ、ハッ!とすると同時に、私の中から『ポンッ』と強迫観念が追い出されたような感覚になりました。

「そうだ…確かにこの子は私でも元夫でもない…一人の独立した人間だ…。」

そんな当たり前のことにも気が付かず、「不純物」を抱えた子育てであったことを、ようやくこのとき痛感しました。

今までの自分の行動を振り返り、間違った叱り方や諭し方をしていたと反省し思い切り我に返りました。

それからは、子供が間違ったことをしたときは、子供のために諭すようになれました。

しかしそれ以降も子供の行動はあまり変わらなかったので、遺伝もあるかもしれませんが、幼いころから「お父さんみたいになってはいけない!」と叱られてきた子供の心は傷つき、素直に育つことを阻んだのだと感じました。

子供が大人になりようやく通じ合えた気持ち

手紙

子供が成人してからも、言いたいことは山ほどありましたが見守ることに徹しました。

結局、心が通じ合うことはなく、社会人になり子供は家を出ました。

それからも、子供の様子がおかしいと感じたときは、連絡をして大丈夫かと訪ね、離れながらも見守ることを続けていました。

この、『見守る』ということも、大変難しく辛かったです。親と言うのは本当に大変だなと感じます。

しかし、子供が結婚して親の立場になった後に、心が通じ合えるときがきました。

それは子供がくれた一通の手紙から伝わることに。読み進めていくと温度の無いはずの手紙から、徐々に温かさが伝わってきて、子供が全てを悟ったことを実感したのです。

その時、シングルマザーで生きてきた20年間が、一気に報われた気持ちになりました。

そして、当たり前ですが、人は段階的に成長していく生き物であり、幼いころに未来を想像して「こんな風になっちゃいけない!こうであるべきなんだ!」と言われても、子供の想像の及ばないところであり、やはり経験をし根本から理解できなければ、『ただの小言』にしか聞こえないのだと痛感じました。

なので、『ただの小言』を発さないためにも、『憎しみ』が「当たり前のことや自分をも見失ってしまうこと」につながるので、その気持ちをまずは対処しなければならないと感じます。

初めから見守りに徹し、思い切り抱きしめる子育てができていれば、子供はもっと心穏やかに成長でき、辛い気持ちを味わうこともなかったのですから、後悔せずにはいられません。

時を戻せるなら、二人で楽しい時を笑って過ごすためにも、あの頃の自分にこの思い全てを伝えたいと心から思います。

ですので、この先、穏やかに過ごせなかった時間を取り戻すべく、通じ合った思いを心に親子の時間を進めていきたいと思います。

あとがき

あとがき

シングルマザーの生き方や子育てについては、誰も何も教えてくれませんし、正解や答えもありませんよね。

ですので誰かに聞きたくても聞くこともできず、必死に自分で考え引きこもりがちになります。

私も誰にも相談できず、自分で答えを見いだせないことも多々あり、間違っていたことも沢山ありましたが、全力で悩み考え抜いたことに対しては、やり残したことはありません。

ふり返って後悔することもありますが、私の場合、『自分で間違っていたと感じた部分』も、子供は後に理解してくれることになったことが救いでした。

子育ては一歩間違えば、取り返しのつかない問題にも発展しますし、一生心に残る傷にもなります。

そうならない為にも「足踏みしている自分」を感じたら、同じような体験をした人と気持ちを共有したり、子育て相談をすることで、「自分では及ばなかった新しい考え」を知り、心を少しでも軽く前向きにしてほしいと思います。

そして我が子との大切な時間を、1分たりとも無駄にしないよう、私と同じ失敗をしないでほしいと切に願います。

rikondemananda.com